もらって銭《ぜに》を置いて帰りました。帰りしなに乗合い自動車はもうないだろうかとききました。
「九時まであります。」
 と健ちゃんが応《こた》えると、その男のひとは硝子戸を丁寧に閉めて雨の中へ出て行きました。より江は、ざァと云《い》う雨の音をきくと、いまのおじさんは濡《ぬ》れて可愛《かあい》そうだとおもい、
「傘《かさ》を借してあげればいいに……」
 と兄さんにいいました。兄さんは壁にあった傘を取って、硝子戸をあけ「おうい」といまの男のひとを呼びました。男のひとは二三十歩行っていましたが、健ちゃんが雨の中を走って傘を持って来てくれると、びっくりするほど健ちゃんの肩を叩《たた》いて男のひとはよろこびました。――より江たちのお母さんは九時|頃《ごろ》帰って来ました。
 健ちゃんたちが、さっきの男のひとの話をすると、お母さんは心配そうに「ほう」といっていました。濡れた自転車を土間へ入れて健ちゃんが硝子戸に鍵《かぎ》をかけようとすると、さっきの蛙がまだつくばっています。
「よりちゃん、まだ蛙がいるよ。」
 と、健ちゃんが蛙をつまみあげると、薄青い色をした蛙は、くの字になった両脚《りょうあし》を
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