した。より江はハモウニカを灯《ひ》に透かしてみました。沢山窓があるので、小さいより江は、すぐ汽車の事を考え出して、ハモウニカを算盤《そろばん》の上へ置いて「汽車ごっこ」とひとりで遊びました。より江が板の間の方までハモウニカの汽車を走らせていると、戸外で、
「今晩、今晩、今晩!」
という声がします。
兄《にい》さんの健ちゃんはびっくりした顔をして「誰《だれ》かね。」と大きい声で返事をしました。すると、表の硝子戸を開《あ》けて、見たこともない一人の男のひとが這入《はい》って来て、
「腹が痛いのだが薬を売ってくれないかね。」
といいました。
健ちゃんは、煤《すす》けた天井《てんじょう》から薬袋《くすりぶくろ》を降して見知らぬ男のひとのところへ持ってゆきました。男のひとは大変疲れていると見えて、土間へ這入って来ると、すぐ板の間へ腰をかけて「ああ」と深いためいきをしました。
「誰もいないのかい?」
とその男は健ちゃんに訊《き》きました。
健ちゃんは泣《な》きそうな顔をして、「うん」と云いました。雨が強くなったのでしょう硝子戸がびりびりふるえています。その男のひとは健ちゃんから水を一杯
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