ねえものでもねえぞ……」
「ええ、これから行って、よく相談します」
千穂子は髪ふりみだしたまま、泣きそうな顔をして、モンペの紐《ひも》で鼻水を拭《ふ》いた。涙が出て仕方がなかった。中国にいる隆吉のかえりも、もう間近であろうと云う風評である。千穂子は、産院へ戻る前に、姉の富佐子に打明けて相談をしてみたかった。どうせ、あんな赤ん坊に貰い手はないとあきらめるより仕方がないのだ……。犬猫を貰ってもらうように簡単な訳にはゆかない。器量のいい赤ん坊でなかった事が不幸ではあったけれど、千穂子自身は、生れた赤ん坊に、一ヶ月近くもなじんで来ると、器量なぞのよしあしなぞ親の慾目《よくめ》で考える事も出来なかった。ただ、不憫がますばかりだったし、与平に一眼だけ見せたくてたまらなかった。どこかへ貰われてゆく前に、一眼だけ、与平に見せて抱《だ》いてもらいたかったのだ。
千穂子は台所へ降りて、竈《かまど》に火をつけて、すいとんをつくった。裏口へ出ると、米をまいたように、こでまりの花が散り、つつじの赤い花がむらがって開いていた。霞立ったような河の水が、あさぎ色にあたたかく明るんで、堤防の下を行く子供達の賑《にぎ
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