歩兵にはもって来いだと云う人もあった。
千穂子は、その夜|泊《とま》った。
翌《ある》る日、千穂子が眼をさますと、もう与平は起きていた。うらうらとした上天気で、棚引くような霞《かすみ》がかかり、堤の青草は昨夜の雨で眼に沁《し》みるばかり鮮《あざや》かであった。よしきりが鳴いていた。炉端の雨戸も開け放されて気持ちのいいそよ風が吹き流れていた。
与平は炉端に安坐を組んで銭勘定《ぜにかんじょう》をしていた。いままで、かつて、そうしたところを見たこともなかっただけに、千穂子は吃驚して、黙《だま》って台所へ降りて行った。
「おい……」
与平が呼んだ。千穂子が振り返ると、与平はむっつりしたまま札《さつ》を数えながら、
「今日、これだけ持って行って、よく、頼んでみな……」
藷《いも》を売ったり、玉子の仲買いをしたり、川魚を売ったりして、少しずつ新円を貯めていたのであろう、子供が幼稚園《ようちえん》にさげてゆく弁当入れのバスケットに、まだ五六百円の新円がはいっていた。
「千円で何とかならねえか、産婆さんに聞いてみな……貧乏《びんぼう》なンだから、これより出せねって云えば、どうにかしてくれ
前へ
次へ
全28ページ中21ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
林 芙美子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング