みみずのように動いているのだ。
風が弱まり、トタン屋根を打つ雨の音がした。なまあたたかい晩春の夜風が、どこからともなく吹き込む。麦ばかりのような黒い飯をよそって、千穂子は濁酒を飲んでいる与平のそばで、ぼそぼそと食べはじめた。
風のむきで河の音がきこえる。与平は、空《から》になったコップを膳の上に置いて、ぽつねんと、丼をなめている猫を見ていた。
「おじいちゃん、私、ご飯を食べたからかえりますよ」
「うん……」
「変な気をおこさないで下《くだ》さいよ。おじいちゃんがそんな気を起すと、私だって、じっとしてはいられないもの……」
与平は眼をしょぼしょぼさせていた。薄暗い電気の光りをねらって、かげろうのような長い脚《あし》の虫が飛びまわっている。――与平が五十七、千穂子が三十三であったが、お互《たが》いは、まるで、無心な子供に近い運命しか感じてはいないのだろう……。二人とも、ただ、隆吉だけを恐ろしいと思うだけである。そのくせ、隆吉に対する二人の愛情は信仰《しんこう》に近いほど清らかなものであった。
まつが、起きたような気配《けはい》だったので、千穂子は箸《はし》を置いて奥の間へ行った。暗
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