してみようかと思うンだけど、どうでしょう……。そして、隆吉さんが戻って来る前に、私、女中でも何でもして働きに出ようと思ってるンだけど……」
「ふン、太郎と光吉はどうするンだえ?」
 太郎と光吉の事を云われると、千穂子はどうにも返事が出来ないのだ。新しい嫁を貰ってもらうわけにはゆかないものだろうかと、千穂子は心の底で思うのだった。血腥《ちなまぐさ》いことにならなければよいがと云う気持ちと一緒に、隆吉が思いきりよく、新しい嫁を選んでくれればいいと云った様々な思いが、千穂子の頭の中を焙《あぶ》るように弾《は》ぜているのだ。
 隆吉からは同情的な施《ほどこ》しを受けてはならないと思った。殴《なぐ》るか、蹴《け》るか、どんなにひどい仕打ちをされてもかまわないと思うのである。自分と云う性根のない女を、思いきり虐《さい》なんでもらわなければならないような気がした。そのくせ、千穂子は与平を憎悪《ぞうお》する気持ちにはなれなかった。俎板《まないた》の上で首を切られても、胴体《どうたい》だけはぴくぴく動いている河沙魚《かわはぜ》のような、明瞭《はっき》りとした、動物的な感覚だけが、千穂子の脊筋《せすじ》を
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