ええ、一度出してもらったンですけど、てんからないンですよ。虫眼鏡《むしめがね》でみるような広告が、新しい新聞で八拾円なンですものね」
 千穂子は心のうちで、もう一度、伊藤さんに頼んでみようと思った。心は焦りながら、そのくせ、一日しのぎで、千穂子は上の男の子達よりも不憫がまして来ているのである。貰われてゆけばすぐ死にそうな気がした。自分の勝手さだけで、子供をなくしたくない執着《しゅうちゃく》が強くなり、今朝、産院を出て来たばかりだのに、さっきから、赤ん坊の事が気にかかって仕方がないのだ。千穂子のもう一つの考えの中では、姉に打ちあけて、姉の子供にしてもらいたかった。
「いいンだよ。私が勝手に何とか片をつけるもン、おじいちゃんは心配せんでもいいのよ……」
 与平はコップを持っていた手を中途《ちゅうと》でとめて、じっと宙を見ていた。大きい耳がたれさがって老いを示していたが、まだ、狭い額には若々しい艶《つや》があった。白毛まじりの太い眉の下に、小さい引っこんだ眼が赤くただれていた。
「何とかなるで……金の工面をした方がよかろう?」
「うん、だけど、これ、私の考えだけどねえ、私、姉《ねえ》さんに話
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