思いつめた気持ちにはなれなかったが、もう少し、呼んでくれる千穂子の声がしなかったら、あの風の中に、河へはいったまま与平はそのまま網と共に、自分も流される気でいたのだ。
水の中へ少しずつはいってゆくと、寒さもかえって判らなかったし、水の上は菱波立っていながら、水の底は森々とゆるく流れてなまぬるかった。くいなのような鳥の声が、ぎゃあと遠くに聞えているのも耳についていた。与平は一歩ずつゆるく川底にはいってゆきながら、眼をすえて水の上を眺《なが》めていた。石油色のすさびた水の色が、黄昏のなかに少しずつ色を暗く染めていった。水しぶきが冷たかった。そのくせ、河明りの反射が、まるで秋のようにさえざえしていた。
「どの位、金をつけりゃいいのだえ?」
与平が引っこんだ眼をぎょろりと光らせた。さて、いくらつけたらよいかと問われて、千穂子は、このごろの物価高の相場を吊《つ》りあわせる金銭の高が云えなかった。こうした不幸な子供の貰い手には、金が目当てで、筋のよい子なら、一万円もつけるのもあるだろうけれど、普通《ふつう》に云っても、千円や、二千円はつけなければならないのだ。
「新聞に出してもらったか?」
「
前へ
次へ
全28ページ中16ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
林 芙美子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング