る》い、息が塞《ふさが》りそうであった。菱波立っている水の上には、大きい星が出ていた。河へ降りてゆく凸凹《でこぼこ》の石道には、両側の雑草が叩《たた》きつけられている。岸辺へ出ると、いつもは濡《ぬ》れてぬるぬるしている板橋も乾いて、ぴよぴよと風に軋《きし》んでいた。
窓ガラスのように、堤ぎわの空あかりが、茜色《あかねいろ》に棚引《たなび》き光っていた。小さい板橋を渡《わた》って、昏《くら》い水の上を透《す》かしてみると、与平が水の中に胸にまでつかって向うをむいていた。
「おじいちゃん!」
風で声がとどかないのか、渦《うず》を巻いているような水のなかで、与平は黙然《もくねん》と向うを向いたままでいる。口もとに手をやって乗り出すような恰好《かっこう》で千穂子がもう一度、大きい声で呼んだ。ずうんと水に響《ひび》くような声で、おおうと、与平がゆっくりこっちを振《ふ》り返った。
「もうご飯だよッ」
「うん……」
「どうしたンだね、水の中へはいってさ。冷えちまうじゃないかね……」
与平はさからう水を押《お》しわけるようにして、左右に大きく躯《からだ》をゆすぶりながら、水ぎわに歩いて来た。棚引
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