なつた。男は鶴石芳雄と云ふ名前だと云ふ事も知つた。鶴石は、りよの来訪をよろこび、甘いものを買つたりして待つてゐることもあつた。鶴石のところへ寄れる愉しみが出来たと同時に、少しづつ茶を買つてくれるなじみも出来て、このあたりを歩く商売も楽になつた。りよは、五日目には留吉を連れて四ツ木の鶴石の小舎へ出掛けて行つた。鶴石は留吉を見ると、とてもよろこんで、留吉を連れてどこかへ出掛けて行つたが、暫くしてまだ熱いカルメ焼きの大きいのを二つ留吉が持つて戻つて来た。「これ、坊やがふくらかしたンだな……」鶴石はさう云つて、留吉の頭をなでながら腰掛にかけさせた。りよは、鶴石に細君があるのかどうかと思ふやうになつてゐた。それは別に大した思ひかたではなかつたけれども、留吉も可愛がつてくれる鶴石を見て、ふつと、りよはさう思つたのである。りよは良人の事以外は三十歳になる今日まで考へた事もなかつたけれども、鶴石ののんびりした気心を知るやうになると、鶴石への自分の感情が、少しづつ妙な風に変つて来てゐるやうにも感じられた。りよはこの頃、なりふりも少しづつかまふやうになり、商売にも身を入れて歩くやうになつた。茶のほかに、静
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