うに云つてゐた。暑い季節には、毎日が焦々と待ちこがれてやりきれなくなり、少しづつその暑熱の気候があせてゆくと、冬の来るのが責められるやうに淋しかつた。人間の辛抱強さにも限度があるとりよは独りで怒つてゐた。シベリアで四度も冬を迎へる隆次のおもかげが、まるで幽霊のやうに段々痩せ細つて考へられて来る。
六年間と云ふもの、隆次が出征してからは、りよは飛び立つ思ひの幸福は一度もなかつた。歳月の速度は、りよの生活の外側で、何の感興もなく流れてゐるのだ。いまでは、誰も戦争の事は云はなくなり、たまに、良人はまだシベリアですと人に云ふと、その人は、まるで、使ひに行つたものが戻らないやうな気軽な同情しかよせてはくれない。シベリアと云ふところが、どんなところかは判らないけれども、りよには広い雪の沙漠のやうなところにしか空想出来ないのだ。
「バイカルのそばのスウチンと云ふところださうですけど、まだ戻れないンです……」「自分もシベリアからの引揚げでね、黒竜江に近いムルチで、二年ほどばつさいをやらされたンだがね。――人間、何でも運不運でね、旦那もそりやア大変だが、待つてるお前さんも大変な事だなア……」鉢巻を取つ
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