寄りでもゐる家なら買ふだらうが、若いもンの家ぢやあ、仲々骨だらう」りよは弁当を開いた。まつくろい麦飯に、頬差しの焼いたのが二尾と、味噌漬がはいつてゐる。「何かえ、お前さんの家はどこだえ?」「下谷の稲荷町なンですけどね、まだ東京へ来ましたばかりで、西も東も判らないンです」「ほう、間借りでもしてるンかい?」「いゝえ、一寸、身をよせてるところなンです……」男は汚れた毛糸の袋から、大きいアルマイトの弁当箱を出して蓋をとつた。薯飯がぎしつと押しつぶれる程詰めこんであつた。蓋の上に、焼けた鮭を手でつかんで入れると、またやかん[#「やかん」に傍点]をかけて、小さい木裂《こつぱ》を七輪につつこんだ。りよは、弁当の食べさしを腰掛に置いて、リュックから商売物の茶袋を引き出して、鼻紙に少し取りわけると、「これ、やかん[#「やかん」に傍点]に入れてかまひませんか?」と、尋ねた。男は恐縮したやうに手を振つて、「高いものをいゝのかね」と、にこつと笑つた。大きい皓い歯が若々しく見えた。りよはやかん[#「やかん」に傍点]の蓋をつまみあげて、茶をさつと湯気の中へ放つた。
ぐらぐらと茶は煮えたつて来た。男は棚から湯呑み
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