だとさ……」りよは歩きながら泣いた。涙が噴いて眼が痛くなるほど泣いた。
りよと留吉が浅草へ出たのは二時頃であつた。駒形の橋の見える方へ出て、河添ひに白鬚の方へ歩いた。こゝが隅田川と云ふのだらうと、りよは青黒い海のやうな水を見て歩いた。――もしもの事があつて、子供が出来たら困ると云つたら、鶴石はどんな責任でも負ふから心配しないでくれと云つて、あの朝別れる時に、鶴石はりよに、毎月二千円づつ位は、自分にもめんだうをみせてくれと云つた。鉛筆をなめながら、小さい帳面にりよの稲荷町の住所を書きとめてゐた。別れしなに、鶴石は田原町の洋品屋で留吉にネーム入りの野球帽子を買つてくれたりした。雨のあがつたぬかるみの電車通りを、やつとミルクホールを探しあてて三人で一本づつ牛乳を註文して飲んだ。
りよは河風に吹かれながらぶらぶらと河ぶちを歩きながら思ひ出してゐるのだ。白鬚のあたりに水鳥が淡く群れ立つてゐた。青黒い流れの上を、様々な荷船が往来してゐた。りよはシベリアの良人のおもかげよりも、色濃く鶴石のおもかげの方が、はつきりと浮んで来る。「お母ちやん、漫画買つてくれよ」「あとで買つてやるよ」「さつき、いつぱ
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