やうな森閑としたかつかうだつた。りよは一瞬、済まないやうな気がした。暫くして力いつぱいで鶴石の熱い首を抱いてやつた。
二日ほどして、りよは、留吉を連れていそいそと四ツ木の鶴石のところへ出掛けて行つた。何時もその時刻には、小舎の硝子戸のところに、鉢巻をして立つてゐてくれる鶴石が今日は見えなかつた。りよは不思議な気がして、留吉をさきに走らせてみた。「知らない人がゐるよツ」留吉がさう云つて走つて戻つた。りよは胸さわぎがした。入口のところへ行つて小舎の中をのぞくと、若い男が二人で、押入れの鶴石のベッドを片づけてゐるところである。「何だい、をばさん……」眼の小さい男が振り返つて尋ねた。「鶴石さんはいらつしやいますか?」「鶴さん、昨夜、死んぢやつたよツ」「まア!」りよは、まア! と云つたきり声も出なかつた。煤ぼけた神棚にお光《あか》りがあがつてゐるのも妙だと思つたけれども、まさか鶴石が死んだ為とは思はなかつた。
鶴石が、鉄材をのつけたトラックに乗つて、大宮からの帰り、何とかと云ふ橋の上から、トラックが河へまつさかさまに落ちて、運転手もろとも死んでしまつたのだと教へてくれた。今日、会社のものや、鶴石の姉が大宮で鶴石の死骸をだび[#「だび」に傍点]にふして、明日の朝は戻つて来ると云ふのである。りよは呆然としてしまつた。呆んやりして、二人の男の片づけ事を見てゐると、棚の上にりよが初めの日に買つて貰つた茶袋が二本並んでゐた。一本は半分ほどのところで袋が折り曲げてあつた。「をばさん、鶴さんとは知り合ひかい?」「えゝ、一寸知つてるもンですから……」「いゝ人間だつたがなア……何も大宮まで行く事はなかつたンだよ。つい、誘はれて昼過ぎから出掛けちやつたンだ。わざわざ復員して来て、馬鹿みちまつたと云ふもンだなア……」肥えた方が、山田五十鈴のヱハガキをはづして、ぷつとヱハガキの埃を口で吹いた。りよは呆んやりしてしまつた。七輪もやかん[#「やかん」に傍点]も長靴もそのまゝで、四囲は少しも変つてはゐない。黒板に眼がいくと、赤いチョークで、リヨどの、二時まで待つた、と下手な字で書いてあつた。りよは留吉の手を取つて、重いリュックをゆすぶりあげながら、板塀を曲つたが急にじいんと鼻の奥がしびれる程熱い涙があふれて来た。「をぢさん死んぢやつたの?」「うん……」「どこで死んだンだらう……」「河へはまつちやつたン
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