い年をして‥‥」
 いい年をしてと云はれると、たか子はそれが弱點なだけに、無性に腹が立つて來た。あの若い二人は愉し氣にどこへ行くのだらう。窓外の暗い景色の中には、只街の灯しか見えない、自分のそばを走つてゐる自動車が、どれもこれも花聟と花嫁の自動車に見える。
 勝手だけれども、こんな時にたよれるのは良人でしかないと云ふことが、たか子にはまた寂しかつた。
 家へ歸ると、書齋へ引つこんで森としてゐる良人の前に坐つて、たか子は「ごめんなさい」と云つた。
(ごめんなさいと云ふ言葉はあのひとも云つたが‥‥)
「ごめんなさい‥‥」
「君は正直に、自分の氣持ちをひれき[#「ひれき」に傍点]したまでだよ。あやまられても俺は知らんよ」
 知らんよと云はれても一言もなかつた。良人とも別れになるのではないかと思ふと、たか子は、徹男に流した涙とはまた別な涙がこぼれた。――十八の時に結婚して、二十年間何の波風もなく暮らして來たことを考へると、徹男との事は、何の隙間だつたのだらうと不思議におもへて來る。
「かんじんの男が結婚してしまつては何もならんし‥‥俺も、もう、お前と一緒にゐるのは厭だ。俺は朴念仁だから、ケツペ
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