頼つて歩きながら、たか子はをかしい程、心《しん》のぬけてゐる自分を感じた。
 ボーイが右往左往してゐるので、二人が立つて行つても少しも目立たなかつた。控室の大きな長椅子に腰を降ろして吻つとしてゐると、花聟と花嫁が家族の人達に圍まれてぞろぞろ會場を出て來た。新婚旅行へ出る仕度でもするのだらう、花嫁につきそつて、美容師が三人、花嫁の袂をささげて歩いて來た。登美子の母親の久賀夫人も、佐々博士の小さい奧さんも何かしやべりながら笑つて歩いて來てゐる。
 堂助は急に立ちあがると、
「おい、歸らう‥‥」
 と云つた。
 自動車へ乘ると、こらへ性もなくたか子は顏に半巾をあてた。齒をくひしめても涙がすぐあふれて來る。堂助は袂から煙草を出して、味があるのかないのか、走る窓外を見ながら呆んやり吸つてゐた。さうして、やや暫くしておもひ出したやうに、
「君があの男を愛してゐた氣持ちは、まるで生娘みたいなンだねえ‥‥そんなだとはおもはなかつたよ‥‥」
 これからの一生を、こんな心でゐる妻とどうして暮していいのか一寸判らなかつた。たまらないなと思つた。
「そんなに泣くほど切なかつたのかねえ‥‥」
「‥‥‥‥」
「い
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