ましてゐるやうに思へた。堂助は臆せずに、會場の入口に立つてゐる花聟花嫁の前へ進んで行つて、
「いや、おめでたう‥‥」
と云つた。
堂助の、後にゐるたか子も小さい聲で、
「おめでたう厶います」
と云つた。
堂助は、花聟の表情も見ずに金屏風の前をずんずん會場の中へ這入つて行つたが、たか子は足が釘づけになつたやうで、歩くことが出來なかつた。(やつぱり私は愛してゐたのだ。必死になつて愛してゐたのだ‥‥)たか子は心のうちにさうおもふと、涙が溢れて來た。その涙を見せまいとして、たか子は辛うじて、花聟たちの前からトイレツトの方へ躯を運んでゆき、森閑とした化粧室の鏡の前に立ちはだかつた。立つてゐると、まるで子供のやうに聲をたてて泣けて來る。
會場の方では餘興が始まつたのか、波のやうな拍手の音がきこえて來た。
(あのひとの前へ立つて、おめでたうと云つたら、あのひとは、小さい聲で、ありがたう厶いますと云つた‥‥)
あの脣、あの眼、あの胸で、二人だけの愉しい思ひ出があるのを、あのひとは忘れはしないだらう‥‥。年齡の違ひが何だつて云ふのだ‥‥。鏡の前に立つて、まるで良人か子供を失つた女のやうに、黒
前へ
次へ
全22ページ中13ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
林 芙美子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング