良人の堂助は、たか子と徹男の仲をちやんと知つてゐた。知つて知らないふりをしてゐたのだ。何時の間に二人の關係が出來 何時の間に二人が別れたのかさへも第六感でちやんと知つてゐた。
 息子の孝助が三年に進級して、寄宿生活を止めて家から學校へ行くやうになつた年の十月、たか子は友人の久賀男爵家から令孃の結婚披露の通知状を貰つた。
 久賀男爵の夫人とは女學校時代からの友達で 令孃の登美子には堂助が繪を教へてゐた。そんな關係からか、二人とも登美子には何か娘のやうな親しさを持つてゐた。だが、この結婚披露の通知状を讀んで たか子も堂助も、ぎくつとした文字が眼を走つて行つた。何度も讀みかへしてみたが、花聟の名前には佐々徹男と云ふ文字がはつきり印刷されてある。
「輕井澤で逢つたあの男だらう?」
「ええ、さうね‥‥」
「不思議なもンだねえ‥‥」
「ええ」
「少しは胸に應へるかね‥‥」
「何?」
「何つて、昔の戀人のことさ‥‥」
「まア、何を云つてらつしやるの、あンな子供みたいな男のこと‥‥」
「ふふん、まさかさうでもあるまい。あの當時のことを考へてみるがいいさ」
 考へてみるがいいと云はれると、何か腹立たし
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