途中から、政子がこんなことを云ひながら降りて来た。よく眠つたせゐか、眼が澄んでゐる。内心、政子も、自分の眼の美しさは、充分自信があるのであらう。
朝の食卓についたのが八時。四囲がのぼせたやうに暑くなりかけてゐる。
「いつたい、世間のひと、何を食べてるのかしら‥‥」
定子が、ふつと、こんなことをいつた。
「力の及ぶ範囲で、やつてるンでせう‥‥」
政子は、すゐとんがきらひなので、電気コンロに、フライパンをかけて、粉を焼いてゐる。
「定子ちやんは、昔のことで、何が一等なつかしい?」
「昔のこと、あら、そりやア、母さんのこと、どうして死ンだンだらうて、いつもさう思ふわ‥‥」
「いゝえ、お母さんのことぢやないの。住んでたところとか、食べものとかつていふのよ。たとへばさうね。新富の寿司だとか、下谷のポンチ軒のカツレツとか‥‥」
「いやだねえ、また、朝から食べものの話だよ。――早く、食事を済ませて、大久保へ行つて、話をきめて来なさい。日中は暑くなつて、また出にくくなるからさア」
をばさんは、浴衣の袖を書生のやうに、肩にたくしあげて、長煙管で煙草を吸つてゐる。
「ねえ定子ちやん、上海の餃子もお
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