のぶちのある古い手鏡を立てかけて髪を結ふ。
(五郎ちやんは、いまごろどうしてゐるかしら。藤崎さん可愛がつてくれてるかしら‥‥)
東京は、人間の屑の、掃溜めのやうな処だと、坂田のおばあさんは云つてゐたけれども、定子は、結局、田舎よりも東京がいゝといふ信念を持つてゐた。束京といふ処も、田舎のひとの寄りあひでかたまつた処だから、上海のやうに自由でのんびりしてゐる。
定子は、此家へ来た事を、一度も辛いと思つたことがない。夜になると、家の路地口を、酔つぱらひが歩いてゐたり、妙な家ではないかと、そつとのぞいていくひともあつて、一日ぢゆう賑やかな、この街が、定子には何となく面白い。「まだ茶は沸かないの?」
寝床からをばさんの声。
「あのウ、まだ、ガスが出ないンです」
「定ちやんは鼻つんぼだから、よオく、ガスへ鼻をくつつけてごらんよ」
「鼻をくつつけたンです」
何だか、ぶつくさ云つて、をばさんは黙つてしまつた。定子は、昨夜、洗つておいた洗濯物を、二階の物干に持つて行つた。物干は、四方八方、風の海、広い焼跡は、草ぼうぼうや、畑になつてゐるのや、鉄屑の山や、何も彼も、それはそれなりに、うねうねと下
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