いしいわねえ。焼餃子もよく喰べたわ。上海つて、どうして、あなに[#「あなに」はママ]おいしいものが沢山あつたんだもう[#「もう」はママ]‥‥。わたし、飽きるほど食べておけばよかつた‥‥。――あゝ、つまらないツ。何もなくてつまらないツ。――中国のひとで、わたし、岡惚れのひと、ゐたンだけど、今頃どうしてるかしら‥‥あゝ、つまンないツ」政子は食卓の下に、かたちのいい脚を投げ出して、やけに団扇をつかつてゐる。
まだガスが出てゐるので、定子は昨夜の肉湯をあたゝめに立つたが急に峰子に逢ひたくなつてきた。
姉弟三人が、ちりぢりになつてゐる、いまの生活が淋しかつた。もう少し収入があれば、間借りでもして、三人で水いらずに暮したい‥‥。
茶の間では、まだ政子が何か饒舌つてゐる。
「定子ちやん、今日は、日曜でせう? 大久保へ一緒にゆかない? ひとりで行くのつまらないわ‥‥」
軈て、洋服箪笥を開ける音。定子は、いま、ひといきで涙のあふれるところだつたので吻つとして小声でリンゴの唄をくちずさむ。
「ぢやア、定子ちやんも行つていらつしやいね」
をばさんのお許しが出た。肉湯にうんと胡椒をふりかけて、あゝこれに老列児の葉があればと、定子は上海の昔を思ひ出してゐる。
「お母さん、百円ばかり頂戴」
「あんな事いつてるツ、昨日も沢山持つて出て、このごろ、お前さん変だよ‥‥」
「上海のことを思へば、何でもないわ」
「こゝは日本ですよ‥‥」
「お金なくちやア、心細くて出掛けられやしないわ」
「大久保で、少し貰つて来るといいンだよ」
政子は黙つて母親を睨んだ。
丁度|肉湯《スープ》が煮えたつて、おあつらへ向きにガスが止まつた。
政子の方は、それでも支度が出来たのか、すつきりした、黄ろい麻のワンピースを着込んで立つたなり、フランネルで爪を磨いてゐる。
「定子ちやん、あとのことはいいわよ、早く支度なさい」
政子が優しい声で云つた。
「五郎君の姉さんはいくつ?」
「十八」
「美人かい?」
「きれいさ」
「そりや素敵だ。名前は何ていふの?」
国宗[#「国宗」は底本では「図宗」]が、七癖の一癖である、戸籍調べを始めてゐる。土産に牛の肝臓を百匁買つて来てくれたので、専造は中野の市場へ、野菜を買ひに行つた。
七輪の上では、鍋のなかに臓物がことこと煮えてゐる。漸くうまい匂ひがしだした。
「上海はいゝと
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