ころかい?」
「いゝとこさ‥‥」
書架の本は、あらかた売り尽されて、棚の上には薄く埃が溜つてゐる。
国宗は、藤崎専造の中学の先輩で、早稲田の政治経済を出ると、すぐ兵隊に行き、この四月に復員して来て、或る新興の、小さい薬種会社に勤めてゐた。
復員して戻つて来てみると、友人のなかにはすでに戦死をしたものも幾人かあつたし、まだ復員して来ない者、田舎落ちをして、消息もよくは判らない者、それぞれに、敗戦のあとの人事は、まことに荒涼としてゐて、国宗は独力でやつと職をみつけたものの、身辺の淋しさをかこつ相手は、何といつても藤崎専造より他に友人がないのである。
専造も、兵隊にとられたが、福岡へ着くと同時に終戦となり、すぐ東京へ戻つて来た。まだ学生で帝大の英文科に籍を置いてゐる。――故郷の鹿児島の家も焼かれて、いまは仕送りも百円と限定されてゐるので、専造は、家庭教師と、小さい私塾の英語の教師をして糊口をしのいでゐた。
「やア、どうも遅くなつて‥‥」
専造は汗を拭き拭き戻つて来た。みかけによらずの軽いキヤベツ一箇。海軍ナイフで、それを洗ひもせず、ざくざく刻んで鍋へはふりこむ。塩と、貴重なマアガリンを少し入れて、
「あゝこれで、何も懼れるものなしだ」
専造は満足さうに手を拭いた。
「おい、何か、いゝニユースはないか?」
「ないねえ‥‥」
「何か、べらぼうに収入のある途といふものはないかねえ」
「まア、国宗と俺とで、二人組にでもなるかな‥‥」
「二人組か‥‥まア、それも長続きはしないな。――五郎君の、姉さんといふのは美人だつてねえ」
「うん、まだ少女だよ」
「少女はいゝぢやアないか。少女は現代の宝石だよ。世界到るところの少女と少年はいゝさ‥‥」
五郎は国民学校の六年生。一ヶ月前から専造と二人暮しだが、鹿児島にゐるよりはずつと明るい生活だつた。
二年前に、上海で父を亡ひ、すぐ、母と、姉の定子と、妹の峰子と、故郷の鹿児島へ戻つて来たが、過労と肺キシの為に、母は鹿児島へ戻つて間もなく亡くなつてしまつた。
をさない、三人の、財産といふものも、少しはあつたのだらうが、坂田のおばあさんが握つてはなさない。
定子は五郎を連れて、去年の暮れに、無段で東京へ逃げて来た。上海時代の知人である、政子の家を頼つて‥‥。
をさない二人は、捨身の情熱で生れた東京の土地を恋ひしたつて‥‥。
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