です。古い割栗の石道を自動車が飛ぶやうに走つて、街を歩いてゐる満洲兵の行列なんかを区切らうものなら、私はヒヤヒヤして首を縮めたものです。
さて、一ツの難関は過ぎましたが、いよいよ戦ひの本場を今晩は通らなければなりません。
2信
全く何度も云ふやうですが、私はハルピンが好きです。第一に物価が安いせゐもあるでせうけれども、歩いてゐる人達が、よりどころもなく淋しげに見えるからでせうか……。北満ホテルへ着きますと、皆覚えてゐてくれました。去年のまゝの顔馴染の女中達でした。「こつちは大丈夫でしたか!」まづこんな事から挨拶を交はしたのですが、ハルピンは日本で考へてゐた以上に平和でした。「こつちは何でもございませんよ」長崎から来た女中なぞは、ハルピンは呑気なところだと笑つてゐます。窓から眺めた風景だけでも戦ひはどこにあるのだらうと思はせる位でした。――日本の茶漬も当分食べられないだらうと、朝御飯には味噌汁や香のものを頼みました。
「此間も日本の女の方が一人でお通りになりました」
「その方も無事にシベリヤへ行かれたやうですか?」
「はい、御無事で行かれたやうです。お立ちになります時、やつぱりか
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