その同室にゐるロスキーは旅行中一番深切でした。私の部屋はまるで貸しきりみたいに私一人です。だから、私は朝起きると両隣りからお茶に呼ばれるし、トランプに呼ばれるし、何しろ出鱈目なロシヤ語で笑はせるんだから、可愛がつてくれたのでせう。左隣りはピエルミで降りる若い青年と、眼の光つた四十位の男と乗つてゐました。私此ピエルミで降りると云ふ青年がとても好きで、よく廊下の窓に立つては話をするのですけれど、何しろ雲つくやうな大男なのです。あまり背が高いので、話が遠くて、よくかゞんでもらつたのですが、ボロージンとはこんな男ではないかと思ふ程、隆々とした姿で、瞳だけが優しく、青く澄んでいました。

 5信
 十六日の夕方、ノボォーシビルスクと云ふところへ着きました。そろそろ持参の食料品に嫌気がさして、不味い葡萄酒ばかりゴブゴブ呑んでゐました。起きても寝ても夢ばかりです。私は一生の内に、あんなに夢を見る事は再びないでせう。まるで呆んやりとして夢の続きばかりのやうでした。ノボォーシビルスクでは十五歳位の男の子が一人乗つて来ました。勿論隣室のピエルミ君の上のワゴンに寝るんでせうが、来るとすぐ私の部屋にはいつて来
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