ゝところを見せたわけです。――こゝではルーブルでチップをやつてもボーイは決して有難い顔をしないでせう。日本金でやれば、国外で安いルーブルが買へるからださうです。
私の部屋のボーイは、飛車角みたいにづんぐりして、むつつり怒つたやうな顔をした青年でした。帽子には油じみた斧と鎌の、ソヴェートの徽章がついてゐます。五円やつたからでもないでせうけれども、大変深切でした。私は二日間で私の名を覚えさせました。帽子をぬぐと額が雪のやうに白くて、髪は金色です。モスコーに母親とびつこの弟が居ると云ふ事が判りました。私にパリーへ行つて何をするのだと聞きますので、お前のやうな立派な男をモデルにして絵を描くのだと云つたら、紙と鉛筆を持つて来て描けと云ふのです。私はひどく赤面しました。日本の旅は道づれ世は情と云ふ言葉を、今更うまい事を云つたのもだと感心してゐます。私の隣室は、ドイツ商人で、ボーイは、ゲルマンスキーの奴はブルジョワだと云つて指を一本出して笑つてゐました。何でブルジョワだと聞くと、タイプライターも、蓄音機も、写真機も持つてゐるからだと云つてゐました。此隣りのゲルマンスキーも仲々愛想のいゝ人でしたが、
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