指ですくっては食べました。卵と云うものはどうしてこんなにおいしいのだろうと、むつはつぶけた黄味を掌にどろりとしたたらせて、猫のようにそれをなめるのでした。口の中で四方八方から唾が舌の上へ寄ってくるようにうまいのです。
太郎はまだ寢ています。土間にこぼれた湯はすっかり土の肌に浸みてしまってもとの通りになりましたが、鍋はむつに投げられたのでつるがひどくゆがんでしまいました。むつは鍋をさげて横の川へ行き、石塊をひろってつる[#「つる」に傍点]をカンカン叩きましたが、つる[#「つる」に傍点]のゆがみかたはだんだんひどくなるばかりです。むつは脚が痛くて仕方がありませんでした。鍋をへっついの上へもどしておくと、遠くへ遊びに行って來ようと、學校とは反對の日曜學校の庭の方へ行ってみました。むつの家から半道はありましたが、むつは少しも疲れませんでした。日曜學校には櫻の木が三本しかありませんでした。その櫻の木はきたなく繁っていて、毛蟲がいっぱい卵からかえっていました。むつは毛蟲がきらいでしたので、櫻の木の下を一息で走り拔けると、ぞくぞくと身ぶるいしました。身ぶるいするのは、櫻の木の下を通る時だけ、毛蟲の
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