かと、むつは鍋の上へ顏を寄せ、はよ煮えはよ煮えと言いました。
「はよ煮え、はよ煮え、大きな眼玉、眼玉が二つ、はよ煮えはよ煮え。」
すると、二つの卵が、本當に閻魔樣の白眼のように見え始めて來るのです。湯がぽこんぽこんと煮えて來ると、卵もぽこんぽこんと鍋の底で運動を始めました。眞黒い鍋なので、運動ぶりがよく見えます。
「こわいぞ、こわいぞ……。」
本當にむつには怖くなって來ました。むつは着物の袖で鍋のつるをつかんで、土間へ降りましたが、手元が熱くなったので鍋のつるを遠くへほうり投げました。煮えたった湯は四圍へ散って、鷄の背にも湯がこぼれたのか、おそろしい騷ぎかたで、クククククククと鳴きたてて羽根で風を入れています。卵は土間に墜ちてうんこ[#「うんこ」に傍点]のような黄味を飛ばしました。むつは「熱い!」と云って、自分の裾をおさえましたが、右のふくらっぱぎに、みみずのような紅い筋が出來ました。やけどをしてしまったと思いました。横の川へ行って、水へ脚をつけましたがひりひりして痛くて仕方がないのです。卵をあのままにしておくと、叱られると、むつは、裾で脚を拭いて、土間へ入り、立ったまま卵の白味を
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