べました。その桶の中へ入ったら父親に逢えるような氣もしました。むつは草をむしって、くさった風呂桶の中へ敷き、やっと背のびをして、そのくさった風呂桶へ入りました。夕陽がちょうどその上に射しこんでいて、涼しい風が頭の上を吹いてゆきます。むつは神樣になるのは、誰にも知られないでこんな所でお祈りしていることだと思いました。
 むつは手を合わせて、風呂桶の中で膝をたてましたが、これではまだ神樣にはなれないと誰か云うようなのです。で、むつは風呂桶から這い出すと、薄い材木をかついで來たり、わらなわを探して來たりして風呂桶のなかで自分の脚と腰をしばり、上へ、材木をならべてふたをしてしまいました。すき間からきれいな陽ざしがむつの體へ降りかかって來ます。むつは大變愉しい氣持ちでした。やがて、いろいろなものがお迎えに來るだろうと思いました。

 むつは何時間かうとうとしたようです。ふと眼を覺しますと、波の音がざアと聞えて來ます。自分は船に乘っているのかと思いました。天井を見ても眞暗でした。ときどき體中に蟲の這いあがるようなかゆさを覺えました。――しばらくぼんやりしていましたが、四圍がしんしんとしているので、
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