から、みんながあの子をかわいがるので、あの子も気が弱くなって、黙って出てきたのだろう。――おばあさんという人がそんなことをいっていたが、桶屋さんにはすぐあいさつに行きますといっていたよ」
 おとうさんがおかあさんに話しています。
 おとうさんは八王子の駅で、万年筆をおとしたのだそうですけれど、女学生みたいな人がひろってくれて、ほんとうにたすかったといいました。
 その夜、おとうさんとねながら話しました。
「人間って何だろうね」
「人間って僕たちのことでしょう」
「そうだよ、人間って、いいことをするために生まれて来ているのだよ。世の中にめいわくをかけないで、少しでもいいことをして死ねたら、それがいちばんいい人間なんだ、よその人が困るやうなことをしてよろこぶこころを持っている人間は、人間でもいちばんよくないね、自然にすくすくと大きくなって、すなおなこころがぬけない人間になることが大切だね。あの子はきたないかっこうはしていたけれど、とてもいい子どもだね。桶屋さんのことをすこしもわるくはいわないし、誰もうらんでいるような気持を持っていない、いい子どもだったね」
 僕は、ものをもらうたび、かおを
前へ 次へ
全79ページ中46ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
林 芙美子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング