金をわたしてる人があったから、おばあさん、きっと甲府へかえれたと思うね――」
 僕は何もいいことをしなかったし、めずらしい話もないので、今夜はきき役です。
 つぎは、沢井君の話です。[#「です。底本では「です」]
 沢井君のおうちはミシンの製造をしていて、工場をやっています。沢井君のおとうさんは、とてもかわりもので、このあいだ、北海道へ行かれる時、青森で、沢井君とおなじ年の、男の子をひろって来られたそうです。
「僕のところでは、その子のことを、おとうさんが、大砲って呼ぶんだよ。ほらばかり吹いてて、お掃除もきらい、学校もきらいなんだもの‥‥それでも、みんなしからないの、しかってはいけないっておとうさんがいうんだもの。
 その子は、小池義也って書いたきれ[#「きれ」に傍点]を胸にぬいつけているけれど、おとうさんは、どうもそんな名前ぢゃないらしいって――。ちっともほんとうのことをいわないし、二度も、うちから逃げちゃったんだけど、いつもおとうさんがおむかえに行くんだよ。おかあさんがおこってしまって、もう、あんな子ども、ほっておきなさいっていうんだけど、おとうさんは、自分の子どもだったらどうする。――やっぱり、どんなことをしてもさがしに行くだろうって。だからさがしてつれてくれば、もう、うちが、いいってことになるからねって、二度もつれて来たんだ。はじめは、浦和の警察から知らして来たんだけど、二度目は十日ぐらいして、長野の警察から知らして来たんだよ。いつも、おとうさんもおかあさんもみんな浅草で死んぢゃって、誰もみよりがないっていってるんだって‥‥。だって、その子どもは、浅草なんて知りやしないんだもの‥‥僕が、ふるい浅草のエハガキをやったら、それをとてもよくおぼえていて、商店のカンバンの名前までくわしくいうんだって‥‥。生まれは、どうも宇都宮あたりらしいっておとうさんがいうんだけど、浦和でも長野でも、浅草の田原町で生まれたなんていっているんだよ。朝、掃除しなさいっていっても、知らんかおして、ぷいとどこかへ行ってしまうし、とてもなまけものなんだね。うたをうたうのが好きで、うたなら何だって知ってるよ。
 僕も、ときどきけんかするけど、おとうさんはとめてくれないんだ。どっちにもひいきしないんだって、だから、僕、おとうさんのことを中立っていうのさ。しらないで[#「しらないで」はママ]、気長にみてゆくよりしかたがないんだそうだよ。
 その子のおとうさんは、靴をなおしてたんだっていうんだけど‥‥でも、それだってわからないよっておとうさんがいうのさ。浅草でミシン屋をしてたって、長野でいってたのは、うちのことだろうっておとうさんが話してたけど、大砲って、ずいぶんおもしろい子どもだよ。
 歌ならどんなのでも知ってるし、鶏小舎で、鶏がたまごをうむと、いつも、どこにいても一番に走って行って、あったかいのをつかんで、大声で呼びながら飛んで来るし、とにかく変ってるんだ。学校大きらいなくせに、おじさん、大きくなったら大学へあげてねっていってるし、学校だって、一週間のうち、三度ぐらいしか行かないんだよ。先生もびっくりしてるけどね。ご飯の時だって、そりや早いんだよ。いま、お膳についたと思うと、もう皿のなかがからっぽ‥‥」
 僕はときどき、沢井君のうちの、その子どもをみたことがあります。年はおなじだけれど、学校は一年下だったので、遊んだことはありません。
 おでこのひろい、眼のひっこんだ小さい子どもです。
「君のうち、とてもえらいねえ」
 金井君がおどろいています。
「だって、その子だって、誰かがみてやらなくちゃならないんだから、そんなら、うちのような、きがねのないところが一番いいんだって‥‥」
「君のきょうだいになっているの?」
「ううん、同居人ってことになっているんだよ。でもね、なまけもので、すぐ、どっかへでかけてゆくくせに、人のものをぬすんだりしないのが一番いいところだって、おとうさん感心してるんだ。小づかいだって僕とおなじようにくれるの。でも、大砲は、うちのおとうさんが一番こわいらしいよ。しからないからいやなんだって、いうときがあるもの‥‥」
 沢井君のおとうさんには、僕は一度も会ったことはないけれど、いいおとうさんだなと思いました。
「でも、おもしろいのは、ものをいうのに、にごりが出来ないんだよ。たとえば、レコードのことをレコート、というし、家のげんかんというのをけんかん、あずけに行くっていうのをあつけにゆくっていうし、みょうなことだって話してるの‥‥。――おとうさんは、どこで生まれて、どこでそだったのかきかなくても、うちにいるかぎりは一生めんどうをみて、すきな仕事を[#「仕事を」は底本では「事仕を」]させるんだって‥‥」
「もう逃げない?」
 金井君が、心配そうに
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