ってもいいと思ってるんです‥‥」
「だけど、何とか出来ないかねえ。昔は苦学した人さえたくさんあったんだよ。まあ、昔といまとはちがうかもしれないけれど、何とか出来ないかね」
おとうさんは、岩にかじりついても学校だけは出た方がいいといってききません。
要さんもかんがえが変つたのか、はればれした顔つきで、
「じゃあ、もういっぺん、よく考えて何とかやってみます」
といいました。
僕だってそう思います。食物をどんなにつめてもいいから勉強だけは一生懸命しようと思いました。
学問を尊敬しない国はほろびてしまうと、おとうさんはよくいいます。
要さんはその晩、僕のうちにとまりました。久しぶりに家らしい家に来て気持がいいといっています。僕は要さんと一しょにやすみました。
「おうちで、君に学校をやめた方がいいっていわないのに、要君だけの考えでやめたりしては、第一姉さんに対してもすまない。学校だけは出ておいた方がいいね」
要さんは、はいはいと返事をしていました。
僕も、学校は好きです。第一、たくさんの友達と別れてしまうことなんて出来ません。疎開からもどって来た友達に、東京の空襲の話をしながら、友達っていいなと思いました。それから、一等なつかしいのは先生です。
翌る朝、早く要さんは元気でかえりました。
20[#「20」は縦中横]
僕は、金井君や繁野君たちと、ラビットクラブというのをつくりました。
ラビットというのは、兎さんのことだそうです。お月様のなかで、いつもお餅をついてるような、やさしい兎さんみたいな会がいいというので、おとうさんがつけて下さいました。
金井君は、工作が上手だから、すぐ木に兎をほって、マークをつくりました。繁野君というのは、こんどおとなりの本田さんのところへきた子どもで、おとうさんと、おかあさんと、ねえさんと四人で満州の奉天からもどって来たのです。
僕とおなじとしで、僕より小さいのですけれど、とても頭のいい子です。繁野君は、歌もつくるし、蝶蝶をとることがとても好きで、このあいだも、千葉へ行って、黒あげはだの、しじみ蝶なんかたくさんとって来ました。
木の間ちょうちょうゆるく吹かれゆく
繁野君のはいくです。木の間を飛んでいる蝶蝶は、人にとられるのもわからないで、のんびり風に吹かれていたという、気持なのだそうです。
ラビットクラブは、月に一回、会員の家にあつまって、いろんな話をしたり、歌やどうようをつくったりすることにしました。はじめは金井君のおうちであつまることにしました。たった三人の会員で淋しいので、おいおい、人をふやして行こうとやくそくしました。
ラビットクラブは、ただお話だけをするのではなく、いいこともしなければ、いみがないとおとうさんはいいます。
「でもね、いいことをするということにこだわって、つくりごとをしてはいけないよ。いいかい。しぜんなしかたで、いいことをたのしくするという、気持だと、長くつづくものだよ」
と、おとうさんがおっしゃいました。
金曜日の夜。
僕たちは、金井君のうちにあつまりました。沢井君、野田君が、あたらしくおなかまにはいりました。
「僕ね、この間、宇都宮へ行くんで、おかあさんと上野駅へ行ったんだよ。そしたら、僕ぐらいの子どもが、新聞を買ってくれって来たんで、おかあさんが、気の毒だって新聞を買ったの。そうしたら、そこへ、とてもやせこけた男の人が来て、たばこのすいがらをひろったんだよ。するとね、その子どもは、とても怒った顔して、ここは俺の縄張りだよって、どなってるの。僕、何だかこわかったなあ‥‥」
繁野君の話です。
「それでねえ、おかあさんが、パンを一つやったの、おとうさんやおかあさんは、どうしたのって聞くと、浅草で黒こげになって死んぢゃったっていうの‥‥ほんとうかなア」
繁野君は、いかにも、その子どものことがふしぎそうなのです。僕はラジオだの、話にきくけれど、まだそんな子どもをみたことがありません。
そのつぎは、金井君の話です。
「僕はねえ、このあいだ、新宿へ行ったら、よそのおばあさんが、お金入を落したって泣いているのを見たよ。人が三四人たかっていろいろきいているけれど、おばあさんは、何処で落したかわからないんだって、三百円も落したっていうんだろう。甲府へかえるのに、切符も落したんだって‥‥汽車ちんがなければ、甲府へかえれないっていうんでメガネをかけたおばさんが、そのおばあさんに十円めぐんでいたのさ。そしたら、赤い鞄をさげた男の人が二十円おばあさんにくれたんだ。僕何だかはずかしかったけれど、本を買うお金を持っていたから、五円だけ出しておばあさんにやっちゃった。おばあさんはみんなにぺこぺこおじぎをしてるのさ。――僕がお金を出したら、また、あとで、お
前へ
次へ
全20ページ中18ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
林 芙美子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング