気にしています。
「大丈夫だよ。僕たちでがんばれば、おとうさんだって殺すことをあきらめてしまうさ――」
「そうかしら、でも、鶏って、人間に食べられるために生れてるみたいでかわいそうね――何も知らないで、土をほじくってるのをみると哀れになるわ」
 養鶏場みたいに、たくさんかえばそうでもないのだろうけれど、たった一羽だから哀れになるのかも知れません。
 朝夕は、とても涼しくなりました。金井君は時時やって来ます。
 今日もお昼から勉強に来ます。
 僕は、去年の空襲のことを考えると、何だか、今年はのんびりしていて、あわてないで勉強が出来るのがうれしいです。

     18[#「18」は縦中横]

 金井君がおみやげに金魚を一ぴき買って来ました。とても尾ひれのひらいた、頭でっかちの金魚です。
「これはね、らんちゅうというんだよ。昔はとてもはやったものだって‥‥一びき何百円もするのがあったんだって」
 頭の上にこぶが出ていて、女のスカートのようにひらいた尻尾が、水の中で、そっとひらいたりつぼんだり消えかけたりしています。
 そのうち、金魚の歌をつくろうと思いました。
 金井君はどうようみたいなものをつくります。

[#ここから2字下げ]
もうじき秋が来る
空がそういつた
もうじき秋が来る
山の木がそういつた。

小雨が走っていいに来た
郵便屋さんがラシャ帽子をかぶった

夜がいいに来た
もうじき秋ですよ
[#ここで字下げ終わり]

 これは金井君のどうよう。及川先生が読んで下さった。金井君は畑が好きだけに、とてものんびりしていて、時時妙なことを書いては及川先生に見せています。

[#ここから2字下げ]
天井から豆がおちて来た
ねずみのイントクブッシかな

西どなりで水の音がする
[#ここで字下げ終わり]

 これも金井君のうたったもの。僕はこんなのはつくれない。

「君、いまはね、天火のかまをつくってるんだよ。うまくパンが焼けそうなんだよ」
「何でもよく製造するんだなあ。金井製造会社だなあ」
 僕がからかうと、金井君は、
「ああなんでもかたっぱしからつくるのさ、つくってる時、一番面白いよ。そのうち時計をつくろうかと思ってるんだぜ」
「へえ、時計、むずかしくないの」
「古くてどうにもならない時計があるからそれでぽつぽつ時計をつくろうと考えているのさ‥‥いいものつくってみせに来るよ」
 僕のおとうさんも金井君の発明にはおどろいています。
 勉強がすむと、さっそく金井君はらんちゅうのうたをつくりました。

[#ここから2字下げ]
はでなおじさんだなァ
黙っているから変だよ君は
ぬれたきものをいつかわかすの
どこへでも水をもって旅行している
らんちゅうのおじさん
どこから来たの君は
だまっているから
みんなが君を笑っているよ。
[#ここで字下げ終わり]

 僕はなかなか金井君みたいにはやく出来ません。
「ハヴァハヴァ」
 と、金井君がせきたてると、なおさら出来ないのです。ただ頭の中をパンのように大きい金魚がうろうろしています。
 今日は日曜でおとうさんはおうちです。
「金井君、これはどうだ、おじさんの歌はつまらないかな‥‥」
 おとうさんが和歌をつくって持って来ました。

[#ここから2字下げ]
水の上の水の光にらんちゅうは
きわまり燃ゆる四囲ながめぬ
[#ここで字下げ終わり]

「これはねえ、空襲最中のらんちゅうだよ」
 そういって、おとうさんはおかしそうに笑いました。
 家が焼けている最中に、らんちゅうなんか持って逃げる人はないでしょう。水がにえて来る時のらんちゅうはどんなに悲しかったでしょう。僕はそのころ、おかあさんとふるえながら、壕の中で、一面火の海になったのを見ていましたけれども、らんちゅうのことなんか気がつきませんでした。
 金井君の家では、空地を借りて七百本もいもを植えたので、もうじき、いもほりをするから持って来てあげようといってくれます。人にとられるといけないから早ぼりをするのだといっていました。

     19[#「19」は縦中横]

 夜、要さんが遊びに来ました。要さんのおうちも暮しが大変だから、学校をやめてしまって、印刷所につとめに行くのだと相談に来たのだそうです。
 要さんの姉さんも、いまはタイピストになって丸の内の会社につとめています、いまは、どこのおうちも大変な時なのだと思います。
 僕も、中学なんか行くのはよそうと思ったりしますけれど、考えてみると、中学へ行くことをやめるのはいやだと思いました。僕たちが中学へ行くころは、何とかいい暮しになるといいと思います。
 要さんが学校をやめるといいますと、おとうさんはふきげんな顔をしてだまっていました。
「だって、このままぢゃ仕方がないでしょう。僕は、年をとってから学校へ行
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