っていたごちそうの写真をみて、ぱくぱく食べるまねをすると、おかあさんはかわいそうね、といいます。おとうさんは、「案外、本人は知らないで、そんなことをしているのだからかわいそうぢゃないよ」といいました。

     15[#「15」は縦中横]

 一日のうちにごはんらしいものを食べているのはいいほうで、何日もお米なんてみたことがない、という子どももたくさんいます。
「でも、私は、勉強をしている時だの、遊んでいる時は食べもののことなんか忘れます」
 と咲田君がいいました。すると、他の女の子たちも、
「ええ私もそうよ」と小さい声でいっています。
「君たちは大きくなったら何になりたいかね」
 及川先生がたずねました。一人一人指名されたので、一人一人立って答えます。僕は、空のことが好きですから、天文学者になりたいと答えました。金井君は農林技師になりたいのだそうです。みんな、てんでに面白い答をしました。なかにはやみ屋になりたいというのがいて、みんなどっと笑いました。大谷君といって、大谷君のおとうさんは、いま進駐軍の人夫をしているのだそうです。みんなが笑うと、及川先生は笑ってはいけないとおしかりになりました。
 大谷君は勉強は少しもできないけれど、とても正直なのでみんなが好きでした。
「どうして、大谷君はやみ屋になりたいの」
 先生がおたずねになると、大谷君はあかい顔をして、
「お金がたくさんもうかるそうですから」
 と申しました。
 女の子たちには早く大きくなってお嫁さんに行きますという子がいたり、先生になりたいというのや、魚屋さんになりたいというのや、美容師になりたいというのがいて面白いです。
 僕は夜、ごはんの時に、おとうさんに、今日のはなしをしました。おとうさんは大谷君を面白い子だなといいました。
 おかあさんは何だか気分が悪いといって早くおやすみになったので、僕と静子があとかたづけ[#「あとかたづけ」は底本では「あとかたづづけ」]をしました。
 あくる朝、おかあさんは熱があって起きられませんでしたので、おとうさんが台所をしました。おとうさんがすいとんをつくってくれました。僕のつくったふだん草をすいとんに入れました。
 いつも丈夫なおかあさんがおやすみなので、僕たちはちっともたのしくありません。近くには氷屋さんがないので、金だらいに水を汲んで来て、おかあさんの枕もとに置きました。
 おとうさんは会社をおやすみになり、僕たちは学校へ行きました。学校へ行っても、お家のことが心配です。でも、どこを見ても青青としていて気持がいいし、このごろはお天気つづきで学校の野菜畑にも出られるし、みんな戸外にいるのがたのしそうです。今年は早く夏休みがあるのだそうです。金井君は学校が休みになっても、学校の畑をみまわりに来るのだといっていました。
 僕たちの級の畑には、馬鈴薯とさつまいもと、ふだん草と、とうもろこしが植えてあります。金井君はとても畑つくりがうまくて、こつこつ畑をやっています。
「ねえ、馬鈴薯の花って白だのむらさきだのきれいなはずだに、学校の馬鈴薯は少しも花が咲かないねえ」
 僕がたずねますと、金井君は、
「馬鈴薯はあまり花をつけちゃあ、いもがつかないんだよ。花が咲きかける時にこやしをやって、根に力をつけてやるようにすると、咲きかけた花に養分が行かなくなって、自然に花がしぼんでゆくのさ、そうすると馬鈴薯がぐんぐん大きくなっているしょうこだよ」
 と申しました。
「ふうん、面白いんだねえ‥‥植物って、なかなかしんけいしつなんだね」
「そりやそうさ、生物ってものは、ちゃんとよくみてやらなくちゃ何にもならないよ。肥料一つでとてもちがうんだぜ」
 道理で、女生徒の畑は水ばかりじゃぶじゃぶかけているのでいやにひょろひょろしているけれど、僕たちの畑はとてもりっぱです。みんな金井君の指導です。
「第一、ものを植えるっていってもね、陽あたりのいいってことが一番大切なんだよ。木の下だの、一日ぢゅう陽のあたらないところは駄目、みんな、ところかまわず植えればいいってものぢやないものね。その次が肥料と手入れさ。肥料をやらなくちゃいいものは出来ないね」
 このあいだも、なすを植える時、金井君は畑でどんどん火をたいて、その灰をよく土にまぶして、なすを植えつけました。水は一回もやらないのに、なすはぐんぐんそだっています。
 なすの苗は、金井君が千葉のお百姓家でわけてもらって来たもので、とてもいい苗でした。
 やみ屋になりたいという大谷君は、金井君のあとばかりくっついて、一生懸命に働きます。でも、時時、どっかで、いろんな種をあつめてきて、畑のすみに植えるので、金井君は時時大谷君をしかります。このあいだも、朝顔の種を持って来て、トマトの苗のところに植えました。そして、ダルマノメ
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