いし、お百姓の道具なんて何もないだろう。だから、みんな手で掘ったよ。石ころの川床になった荒地を手でたがやしたんだぜ。小さいかぼちゃがすこし出来たかな。山本先生だの、大木先生ね、時時リンゴを買い出しに行って僕たちにたべさしてくれたよ。リンゴってうまいもんだねえ。だけど、僕、おうちへかえれればリンゴなんて一生食わなくてもいいと思ったねえ。おかあさんのことを考えると、むしゃくしゃして来るのさ、あいたくて仕方がなかったなあ。――時時山の上へ行って、みんなで、山彦ごっこをするのさ。おとうさあんと呼ぶんだよ。するとねえ、向こうの山の方から、おとうさんっていうのさ、はじめはきみがわるかったけれど、面白くなっちゃったよ。君、山彦って知ってるかい? とても変なんだよ。東京、東京って呼ぶとね、東京、東京って返事をするんだぜ。――田舎も、山のなかや、田圃や畑はいいね」
「山のなかには、いろんな鳥が鳴いてるんだろう?」
「ああ山鳩っていう、ぼつぼオってなくのがいるよ。ねむくなるようなひるひなか、山のなかでこのぼつぼオをきくと、僕、東京へかえりたくて涙が出て困っちやった」
「山のなかには買い出しは行かないだろう」
「そんなことないよ、たくさんきてたよ。米だって何だって買って行ったよ。だから、僕たちも、千田君たちと、先生にだまってキウリを買いに行ったんだよ。なまのキウリ、うまかったぜ」
「ほう、子供にも売ってくれたの?」
「そうさ、金さえ出せば誰にだって売るよ」
「そうなのかえ、驚いたねえ」
僕は田舎で苦しんだ金井君がかわいそうでした。金井君はとても正直な人です。こんどの敗戦のことも、軍人っていけなかったんだね、とがっかりしています。僕だって、おとうさんはいい人なのに、どうして大人の人ってうそつきなのか変です。
うそつきでないといえば、山本先生もいい方です。先生はこのごろ、つぎはぎだらけの洋服で来られますけれど、先生はどんなにびんぼうしていても、いつもにこにこして僕たちの友だちのようです。
去年の暮、僕の畑で出来た小さい大根を山本先生に持って行ったら、山本先生は、
「そんな心配するなよ」
とおっしゃいました。
僕がつくったのを持って来たんだというと先生は、
「そうか、そりゃあうれしいなあ」って顔をあかくされました。
先生は、このごろ頭に小さいはげが出来ました。みんな栄養失調だとうわさしています。だって、そのころ、誰かが黒板に、山本先生の栄養失調って落書していたからです。先生は落書をごらんになって、頭をかきながら、
「ひどいなあ」
と笑っていらっしゃいました。
ところが、おかしいことに、僕のおとうさんにも左の耳の上に小さいはげが出来ました。床屋でうつったのかなって心配していらっしゃいます。山本先生のも、僕のおとうさんのも、その、はげは、大きくも小さくもならないのでふしぎです。人にもうつりません。
おとうさんは先月からお仕事がみつかって会社へつとめておられます。おとうさんは、まじめに働きさえすれば、いまにきっといいことがあるとおっしゃいます。
11[#「11」は縦中横]
金井君は疎開さきから、みんなで東京へかえった時、東京があんまり焼けているので、涙がこぼれて眼がまんまるくはれあがってしまったそうです。上野駅でお迎えのおかあさまとねえさんに抱きついて、しばらくおいおい泣いていたそうです。なつかしいおかあさまのきものの匂いがとてもうれしかったといいました。
「みんなやせてかえったんで山本先生が申しわけないとおっしゃったよ。でも、山本先生も、とてもやせていたんだからね」
古竹でさくをつくりながら、金井君はいろいろの話をします。
「でも、畑をつくるべしさ。僕は大人になったら農林技師になるつもりさ。君どう思う」
「そりゃあいいねえ」
金井君のおとうさんはまだジャワからかえりません。だから、僕のおとうさんが早くかえったのをいいなあとうらやましがります。
「ねえ、君、僕のおとうさんて、山本先生と同じように、ぬっとしててすこしもしからないよ。一度だってしかったことがないよ。――大きな大人のくせに、僕に何だってそうだんするんだぜ」
「僕のおとうさんだってしからないよ。そうだなあ、うそをいうとしかるね」
「へえ、君、うそをつくのかい」
「ああ二三度あるよ」
「いやなやつだなあ」
「仕方がなくてうそをついたのさ」
「どんな事でだい」
「おなかがすいている時に、すかないなんていうと、おとうさん、ちょっとしかるよ。ごまかすのはきらいだぞオっていうんだ」
「そりあそうさ」
「だって、みんながかわいそうだもの、僕のところは、君のとこみたいに金持ぢゃないからね」
「金持ぢゃないよ」
「だって、君のところへ行くと、いつだっておやつがあるだろう。金持だよ
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