はいつもこんなのを書きます。おとうさんにいわせると、静子は女のくせにつめたい人間だから、何でもはっきりしているのだとおっしゃいました。

     9

 すっかり春らしくなりました。
 僕は、このごろ、毎日畑つくりです。おとうさんと二人で灰をつくっては土にまぜてやります。僕の植えたからし菜がもう青青してきました。
 畑をするのはとてもたのしみです。
 せまい庭ですけれど、僕はいろいろなものを植えました。ほうれん草、ちしや、じゃがいも、小かぶ、春菊、そんなものを植えました。
 じゃがいもは、長野の本田さんのおじさんがすこし下さったのを、芽のところを中心にして二つ三つに切って、切り口へ灰をつけて植えました。だんしゃくという種類だそうです。とても大きいおいもです。
 僕はじゃがいもが好きです。
 早く花が咲いて、大きいおいもがごろごろ出来てくれるといいな。今日は、僕たちは、学校がお昼までだったので、金井君と畑をすることにしました。
 今日は金井君が、僕のうちの畑を手つだってくれる番です。二人はかわりばんこに手つだいあうことを約束しました。
 今日は、金井君は、畑にくいを打って、さくをつくってくれるのです。僕の家の近所はとても犬が多くて、せっかく、きれいにならしておいた畑の上を歩きまわって荒しているので、とてもしゃくにさわって仕方がありません。
 終戦前までは、犬なんかあまりいなかったのに、このごろとても野犬が多くなりました。首輪のない犬が、いままでどうしてくらしていたのだろうと思うくらい、大きいのや小さいのと、五六匹も走りまわっておもしろそうにふざけあっています。その中で、ポインタア種の、栗色をしたとてもすごいのがいて、子供たちはみんなこれをチョコといってこわがっていました。
 とても人なつっこいのですけれど、何となくこわいのです。もうおじいさんで、前は、本庄さんという家にいたのですけれど、そこの人が田舎へいってしまって、ほかの人が来たので、そのチョコは、一人ぼっちになったのです。
 僕の組はたいていみんな長野へ疎開して行ったのに、僕だけは、この本庄さんのチョコと東京へのこっていて、あのこわかった空襲をよく知っています。
 チョコは、僕になついているのですけれど、畑を歩きまはるのでにくらしくて仕方がありません。チョコは誰もかっている人はありません。それなのに、よくふとって生きています。このごろは、どこから来たのか、小さいのや大きい犬を三四匹もひきつれて、ふざけちらして走っています。
「犬って東京だけにいるのかねえ?」
 金井君がいいました。
「どうして」
「だって、長野の山の中には、犬なんてめったにいなかったよ、猫の方がたくさんいたなあ」
 金井君は、去年の三月、長野へ疎開して行きました。僕にもいっしょに行こうとさそってくれたのですけれど、僕はおとうさんが出征していなかったし、おかあさんが、どんなに苦しくてもいっしょにいて下さいとおっしゃったから山へ行かなかったのです。
 金井君は山のあらもの屋でとうがらしを買ってなめたお話をよくします。
 ごはんがたりなくておなかがすくので、みんなあらもの屋へいって、たべられるようなものを何かさがすのだそうです。はじめはオレンジのもとというあかい粉を買ってなめていたけれど、みんなが、それを買うので、それもなくなり、こんどはわさびの粉を買ったり、とうがらしを買ったりしてなめた話をしました。
 金井君はとても正直ですから、よく田舎の話をするたび、田舎の生活をあまりよくいいません。よっぽど苦しかったとみえて、田舎では東京へかえりたくて、友だちが、みんな、いろんなぼうけんをした話をしてくれました。
「僕ねえ、田舎って、絵のようにきれいなところだと思っていたのさ、そりゃあ、景色はきれいだったけれど、つまらないよ。あんなところ。山本先生は、これが戦争なんだからがまんしろがまんしろ、逃げて一人でかえるなぞはひきょうだぞっておっしゃったけれど、毎日、誰かが駅へ逃げて行くのさ。村の人って僕きらいだ。いばっているんだもの。――いやだったなああの時は……五キロもあるところへ山本先生とみんなでね、配給所へ米をもらいに行って、何度もからっぽの車をひいてかえる時、山本先生泣きながら歩いていらっしたよ。だから、僕たち、何もかもわすれて、歌でもうたおうって、山道を歌をうたって歩いたのさ。そしたら、兵隊に行っているおとうさんの事をおもい出して僕も涙が出て仕方がなかった。あの時のこと、忘れろっていったって忘れないよ。ああ。だから、富田だっていっているよ。いくら空襲があっても、君がいちばんよかったって‥‥」

     10[#「10」は縦中横]

「こんなこと、うまくいえないけど、僕、田舎はこりごりだ。畑をしたくったって、土地がな
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