がまるでくろだいのようで、おかしくて仕方がありません。
「もう出来たの?」
「うん出来たよ」
「いいわねえ、私、まだ半分も書けないのよ。くろだいって、おかねで買うといくらぐらいなの? 百円もするかしら」
「知らないよ、だけどもっとするんだろう、あんなすごいのは」
「そうね、わたしたち、それぢゃあ、何十円ってたべたのね」
静子は、どんなことを書いているのかな。静子は、すぐお金のことを気にするから、くろだいのねだんを書いているのかも知れないと思いました。
「さあ、やっと出来ました」
静子は何だかとくいそうです。
「読んでいいかい」
ときくと、静子はくすくす笑いながら、
「おかしいのよ、でもいいわ」
といって、書いた紙を僕の机に持って来ました。
くろだい[#「くろだい」は1段階大きな文字]
ゆうべ吉田さんのおじさんが来ました。私はねていてしらなかったのですけれど、朝おきてお玄関の泥だらけのくつをみて、吉田さんのおじさんがかわいそうでした。宇都宮でおうちがやけてしまったのです。
おじさんは大きいくろだいをおみやげにもっていらっしゃいました。千葉の船橋というところで買っておいでになったそうで、私のうちでは、こんな大きいお魚なんてみたことがありませんのでびっくりしました。
たべてしまうのが気のどくみたいにりつぱなおさかなです。くろだいって、えいがでみるようなおさかなです。目玉がぐりッと大きいので、私の友だちのカツチャンのようです。かたみはお正月にたべるのだっておかあさまがおっしゃいました。
おかあさまは、何年ぶりでこんなおさかなを料理するだろうとおっしゃいました。私のおうちはこんなおさかなをたべられるほどぜいたくなうちではないので、みんなでこのおさかなをたのしみにながめました。わたしたちもうれしくおもいましたけれど、おとうさまはまるでこどもみたいに、ものさしをもって来てはかっています。何百円ってするのでしょうけれど、そばにおじさんがいましたのでききませんでした。
おじさんは、これから東京で、食料品のみせをだすのだそうです。三晩ほど御やっかいになりますといいました。おじさんのもっていらっしたお米が白いので、おかあさまは、白米ってきれいね、とおっしゃいました。
私はお客さまがいらっしやるのはすきです。くろだいをもらったからではありません。
静子
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