。無理矢理、巖ちゃんはパンを二人に握らせた。
「僕のは、アメリカの粉でつくったパンだからうまいよ。僕はかえれば食べられるンだから……。」
 盲目の二人は掌にパンをのせ、とてもよろこんで、ていねいにおじぎをしている。そばにひしめきあっている人達も、二人の盲目のひとたちには同情をしている樣子だったけれど、巖ちゃんは、改札がはじまれば、このひとたちの同情も、すぐ消えてなくなってゆくことを、ようく知っているのだった。
 やがて時間が來て、改札になった。盲目の二人はいそいでリュックをかついでいる。
 巖ちゃんの冒險が始まる。
 改札が始ると、巖ちゃんは見ておいたところからするりと滑りこんだ。神樣が助けて下さったのだと思った。どっとなだれこむ改札のところで、やっと、もまれてよろよろしている二人をみつけて、巖ちゃんは、二人を引っぱるようにして、汽車のところへ連れて行き、窓から二人の尻を押しあげてやった。
「さア、もういゝね、じゃア、さようならア、大事にねッ。」
 巖ちゃんが二人に、握手をすると、兵隊だった方の盲目のひとが、巖ちゃんに「これでも持って行って下さいッ。」と呼んで、點字新聞をくれた。巖ちゃ
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