行くのを見てゐるより仕方がない」と云ふ事に落ちてしまふのである。
「さうね、この指輪売つて、私、景気のいゝところへ旅行して来てもいゝわ、サトミさんも一緒に来てよウ」
「ホ‥‥‥‥そして一晩中、旅の宿屋で泣かれるンぢや、お供しない方がいゝわ」
「馬鹿ね、痛いこと云ふ奴があるか……」
二人は少女のやうにクス/\と笑ひあつた。――レコードが同じ唄を何度もうたつてゐる。
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雲の飛ぶよな
今宵のあなた
みれんげもない
別れよう‥‥
[#ここで字下げ終わり]
直子の好きな唄だ。男達のボックスから、お粒の疳高い声で、
「止めて頂戴よ! そんな陰気な唄ツ、何時までもしつこいのねえ」
レコードはギリ/\と空廻りして止まる。四隅の女達はパタ/\と埃を払ふやうに立ち上つた。
4 「この分ぢや随分つもるでせうねえ」
コンパクトで鼻の頭をパンパンと叩いてゐたせん子は思ひ出したやうに、そつと蓄音機のそばの直子のところへ話しかけて行つた。
「お粒さんどうかしてンのよ、気にかけない方がいゝわ。牧さんのことぢやア、随分ピリピリしてゐるらしいのね。かなひもしないくせに‥‥」
直子は薄く
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