しいのよ。昔は牛屋の女中だつて、札束を頬つぺたへ投げ返へす心意気があつたつていふぢやないのウ‥‥随分真実つくしてたの、馬鹿らしい話だわねえ」
 百合子は紅くなつた薬指の指輪の跡をいたはりながら、オパルの石を、キリキリと壁でこすつてゐた。
「だつて、恋人同志の間つて、随分喰ひ違ひが多いつていふぢやアない?」
「厭だア、喰ひ違ひなンかと違ふわよ、相手はサッパリと結婚式を挙げちやつたンですものウ、私、よつぽど、その結婚式の晩を、めつちやくちやにしてやりたかつたのだけど、丁度旅費もなかつたし、あんまりキリキリしてたンで、病気になつちやつたのよウ、その気持つてなかつたわ――」
「さうでせうね、――だけど、指輪返へしたつて、何にもなりやアしない? そのひと、きつと、貴女の思ひ出に泣くことがあつてよ。そんな指輪なンか返へす位だつたら、一度出向いて行つた方がサバ/\しやしないかしら?――いつそのこと、そンな指輪なンか綺麗サッパリと売り払つちまつて、遊んでしまつた方が楽かも知れないことよ‥‥」
 サトミは、さう云ひながらも、自分の事を考へてゐた。考へてどうにもならないことであつたが、結局は、「時の流れて
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