いゝサトミが、同じく椅子に身を寄せて、ものうげに百合子の子供のやうな手を見てゐる。
「一寸、ビックリしたつて字はどう書いたらいゝの?」
とんきやうもない大きな声で、今まで部屋の隅で手紙か何かを書いてゐた操が、百合子達の方に向つて声をかける。すると袂で顔をおほうて雀の唄をうたつてゐたお粒が、偶と立ち上つて、部屋の中を見まはした。
「ねえ、ビックリつて字知つてるウ?」
「ビックリつて、キツキヤウと書くンでせう。随分変な字きくのねえ?」
サトミが、小さい伝標に吃驚と書いて持つて行つてやつた。――部屋の中は、温いには温かつたが、妙に白けきつて、女達は、たゞ心の向くまゝに影のやうにふはふはと動いてゐた。その影のやうな女達は、このやうな静けさをめつたに持つた事がないので、かへつて誰でもいい早くはひつてくれた方が助かると云つた風な、そんな気持ちで、各々所在なげである。――その所在なげなところへ、会社員風な男達が三人、扉を押して、雪まぶれになつてはひつて来た。部屋の内部が急に活気づいて、女達は助はれたやうに、男の傍へ泳いでいつた。
「随分不景気なンだね‥‥」
「冗談いつちやアいけませんわ、これから
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