踏んづけて馬鹿にされませうえゝツ!」
「‥‥‥‥」
「まア、さア、粒子さん何云つてンのよオ、こんなに雪が降つて、みんなくさつてンのにさア‥‥」
「勝手にくさつてればいゝぢやないか‥‥ええツ、だいたい私を酔つぱらひだなんぞと、高をくゝつたその済ました顔が口惜しいのよ馬鹿にしてる」
「御免なさアい、そんなンぢやないのよ――さあ、レコードでもかけて賑やかにならない?」
 天井には造花の蔓薔薇が、黄色いランタアンを囲んでビイドロのやうに紅く咲いてゐる。
 直子は、何時か眼頭が熱くなつてゐた。
「雪のせゐよ、こんなに客もなくなつて、皆苛々してンのは‥‥」
 片隅で、背丈の小さい百合子と、唇に黒子のあるせん子が、ひそひそとさゝやいてゐる。お粒は、皮張椅子に埋もれながら、もう沈黙りきつてゐる直子にはみきりをつけたのか、袂で顔をおほうて雀の唄を、間のびた声でうたひ出した。

 3 「まア、随分ひどい雪だ」
 唄をうたふ事も辛気くさくなつてか、せん子は扉を押して街路を見てゐる。――百合子は薬指の根元にメンソレを塗りながら指輪の固いのを抜いてゐた。
「どうしたのさア‥‥そんなことして‥‥」
 百合子と仲の
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