あたり百合子さんと御同伴で広島の方へ行くつて云つてたけれど、――あの人達はあの人達でいゝわ。子供や亭主がないンですもの、その点、私なンぞより、よつぽど気楽で、せか/\しなくツていゝし」
「全くね、だけど、あのサトミさんてひと、どつか違つてる人ね、呆んやり退屈さうな風でゐて、落ちついてゐのね[#「ゐのね」はママ]、私、自分は自分で、あンな酒場の空気に汚れないひと、好きだわ」
「だつて、この頃、お粒さんだつて、操さんだつてとても気弱で、そりやアいゝ人達になつたわ、だけど、操さんの大森発展は困りもンだけど、あれはあれで仕方がないぢやないの、御亭主が市ヶ谷へ這入つてンですつて佗しい話ねえ」
 二人は廊下を話しながら歩いた。琴を買つてゐるお嬢さんが、コロリンシャンと、何度も糸を弾きながら母らしい人と談笑してゐる。
 直子は眼を伏せて古里の事を偶と考へてゐた。柿の実の赤々と熟した娘のころの思ひ出の中に、「黒髪」がよく弾けたこと――今かうして、何でもない行きづりの琴の音を聞くとたまらない気持ちであつた。そして、妙に音楽と云ふものが、甘く心に来ると、牧と、この儘、行くところまで行つて死んでしまつてもい
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