のやうに寒かつたが、相変らず舗道には人が溢れてゐた。枯れた銀座の柳にも何か風情があつて、春らしかつた。もう三四ヶ月もすると、あの柳にも青い芽が出る。せん子は風呂敷の中の、コマゴマした道具の音も冷たく心に感じながらも、春を待つてゐる気持ちは、街の誰よりも強くあこがれてゐるのであつた。
「せん子さんぢやないの‥‥」
「あらア、直子さん、どうしたのさア‥‥まア、元気で」
自動電話の蔭に、支那織りの黒いコートを着た直子の手をつかんでせん子は子供のやうに息をせかせか切つてゐた。
「心配かけて済みません」
「そンなことどうだつていゝけれど、一度岡田さんが来たツきりよ、それから、あンな呆んやりしたあなたの手紙、探しやうが無いぢやありませんかツ」
二人、たつた四五日の別れであつたのに、何から話していゝか、あれもこれも、云ひたいことばかりがいつぱいであつた。――だがせん子の唇をついて出ることは、「丈夫で生きてゐてよかつたわ」といふ言葉ばかり。
9 二人はせかせかした気持で松坂屋へ這入つて行つた。いまの二人には、かへつて、このやうな雑沓のなかゞ落ちつけて話の出来る場所であつたのであらう。
「私、い
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