い。貴方が働けるやうになつたら、私長火鉢にをさまつて、貴方をこき使つてやらうと、今からテグスネ引いてるンぢやないのよウ‥‥」
こんなたわいのない事で慰めあひながら、笑つて涙ぐむ今の二人である。
電車の中には自分の子供と同じやうなのが、雀のやうにさへづりながら沢山乗つてゐた。父親に似て音楽の好きな子供、オルガンを習はせてくれとせびる可愛い姿を思ひ浮かべると、せん子はどんな事をしても、オルガンを習はせてやりたいと思つた。――だが、又、思ひ返してみると、理想の生活は、何時も遠く正反対の空を飛んで行つてゐる。少し位は、手も唇も許す心算でなければ、女給暮らしと云ふものは、さう収入のいゝ仕事では、今ではなくなつてゐるのだ。
と、云つて、直子のやうに、母も子供も捨てられる程、若くもない年齢である。――せん子は、ゴトゴト電車に揺られてゐながら、たゞ、いつも、呆んやりと考へに耽ることは豪壮な邸宅でもなければ、また、華美な、訪問服のことでもなかつた。子供の掌に握らせてやる、少しばかりのオルガンの月謝のことばかりで、それは、詩よりも高価で手のとゞき易い許された、何と可憐な空想であつたらう。
街は硝子
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