いゝえ‥‥」
「直子さん、なかなか逃げ口上がうまくなつた」
「あらア、あんな厭味なこと‥‥」
「まア、何でもいゝさ、この儘どつかへ行つてしまひたいナ」
「えゝ‥‥」
「行つてもいゝ?」
「そんな無茶なことツ、駄目! 駄目ですわ、苦しむばかしですものウ‥‥」
小豆色の女の肩に、綿雪が柳の葉のやうに降りかゝつてゐる。男は帽子のまゝもう霜降りの姿で、焦々してゐるかのやうであつた。
「自動車が来てゐるンだけど‥‥」
「えゝ‥‥ぢやア、明日お供しますわ、今晩はもうお帰りンなつて、ねえ、でないと岡田さんもですけれど、お粒さんが大変なンですもの‥‥」
男はハンカチでパタパタと、女の肩の雪を払つてやりながら、いつとき女の眼を視てゐた。
「ぢやアさよなら‥‥」
「さう――さよなら、明日何時に自動車を向けたらいゝの?」
「お店の前ですと、あのウ困りますから、どつか遠くで待つてゝ下さるといゝンですけれど‥‥」
「ぢやア、新橋の駅。僕ンとこの自動車知つてるでせう?」
「えゝ――では夕方四時ごろ‥‥」
女は、急にコンコンと小さいセキをしながら、袂を口にあてた。
「風邪をひくンぢやない、ぢやア、明日きつと‥
前へ
次へ
全30ページ中3ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
林 芙美子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング