がら、リラの様子を窺つてゐる風でもある。
息でくもつた電話室の外の街路は、頭を白く染めた電車や自動車が、ひつきりなしに走つて行く。「えゝツ? だから、一寸でいゝんだから出ていらつしやい、僕が行つても、いゝんだけれど、岡田なンかにみつかると厭だから‥‥判つたア?」電話の男がこんな風な事を云つて、ガチヤリと受話機をもとへもどした。偶と入口を向いたその男の顔には、美しい薄笑ひが残つてゐて、まるで少年のやうに血があがつてゐる。――男はポケットから煙草を取り出すと、ライタアで器用に火を点じた。その時、リラの緑硝子の扉が開くと羽織も着てゐない細々とした姿の女が、いまのいま雀の唄をやめて、仲間から離れて来たと云ふ風に、口のうちでありやせ[#「ありやせ」に傍点]、こりやせ[#「こりやせ」に傍点]とつぶやきながら、それでも眼だけはおろおろとして出て来た。出て来ると、厚い雪の中を草履のまゝコトコトと二三軒もさきの街角の暗がりまで歩いて行く。
男は、街角に立つた女の後姿を眼にすると、煙草の火を何度も赤く呼吸させながら、電話室の重い扉を開けて、やつぱり女と一緒の方向に歩ゆんで行つた。
「寒かない?」
「
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