」
「まア、だつて、そんな事云はないでいらつしやいよ。皆、誰だつてあのひとに味方してる人ないんですもの――自分が随分苦労したつてこと自慢してるけれど、苦労してない証拠よ、まるで意地の悪いお女郎みたいぢやないの、元気をお出しなさいよ、元気を‥‥」
街角を曲ると、暗がりの小さな通りに、屋台や、占の提灯なぞが出てゐた。雪が止んでゐるので、いつそう寒さが耐へるのか、肩なぞはキリ/\と痛い。その癖二人とも羽織のない姿のまゝポク/\とあてもなく歩いてみたかつた。妙に、何も彼もが佗びしい気持ちであつた。
「直子さん、私、占を見て貰ひたくなつたわ。一寸待つてくれるウ」
提灯には「迷へる者来れ」と書いてあつた。――せん子はその「迷へる者来れ」の提灯の横に掌を翳ざして「私には病気の亭主と、七ツになる子供が一人あるンですが」と、云ふ話から始めてゐる。直子は、ヒイヤリとした気持ちで、青ざめて荒れてゐるせん子の掌を眺めた。
その掌は荒れてはゐたが、非常に優さしく、すなほな格構であつた。占者は、歯のない唇をキンチャクのやうに結びながら、
「まづ肉親の縁うすくして、他郷に労するといふ相だな‥‥」
せん子の掌
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