しいのよ。昔は牛屋の女中だつて、札束を頬つぺたへ投げ返へす心意気があつたつていふぢやないのウ‥‥随分真実つくしてたの、馬鹿らしい話だわねえ」
百合子は紅くなつた薬指の指輪の跡をいたはりながら、オパルの石を、キリキリと壁でこすつてゐた。
「だつて、恋人同志の間つて、随分喰ひ違ひが多いつていふぢやアない?」
「厭だア、喰ひ違ひなンかと違ふわよ、相手はサッパリと結婚式を挙げちやつたンですものウ、私、よつぽど、その結婚式の晩を、めつちやくちやにしてやりたかつたのだけど、丁度旅費もなかつたし、あんまりキリキリしてたンで、病気になつちやつたのよウ、その気持つてなかつたわ――」
「さうでせうね、――だけど、指輪返へしたつて、何にもなりやアしない? そのひと、きつと、貴女の思ひ出に泣くことがあつてよ。そんな指輪なンか返へす位だつたら、一度出向いて行つた方がサバ/\しやしないかしら?――いつそのこと、そンな指輪なンか綺麗サッパリと売り払つちまつて、遊んでしまつた方が楽かも知れないことよ‥‥」
サトミは、さう云ひながらも、自分の事を考へてゐた。考へてどうにもならないことであつたが、結局は、「時の流れて行くのを見てゐるより仕方がない」と云ふ事に落ちてしまふのである。
「さうね、この指輪売つて、私、景気のいゝところへ旅行して来てもいゝわ、サトミさんも一緒に来てよウ」
「ホ‥‥‥‥そして一晩中、旅の宿屋で泣かれるンぢや、お供しない方がいゝわ」
「馬鹿ね、痛いこと云ふ奴があるか……」
二人は少女のやうにクス/\と笑ひあつた。――レコードが同じ唄を何度もうたつてゐる。
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雲の飛ぶよな
今宵のあなた
みれんげもない
別れよう‥‥
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直子の好きな唄だ。男達のボックスから、お粒の疳高い声で、
「止めて頂戴よ! そんな陰気な唄ツ、何時までもしつこいのねえ」
レコードはギリ/\と空廻りして止まる。四隅の女達はパタ/\と埃を払ふやうに立ち上つた。
4 「この分ぢや随分つもるでせうねえ」
コンパクトで鼻の頭をパンパンと叩いてゐたせん子は思ひ出したやうに、そつと蓄音機のそばの直子のところへ話しかけて行つた。
「お粒さんどうかしてンのよ、気にかけない方がいゝわ。牧さんのことぢやア、随分ピリピリしてゐるらしいのね。かなひもしないくせに‥‥」
直子は薄く
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