笑つてゐた。だが笑つてはゐるものゝ、心のうちでは何も彼も佗びしく浅ましく思へてしようがなかつた。――三人の男達は大分酔ひがまはつたらしく、時々直子の方を向いては何かヒソヒソと語りあつてゐる。
「ベッピンぢやないか」
「あれで、子供があるンだつて?」
「まるで娘だねえ、亭主が、へえ‥‥赤い方でやられてるツて口ぢやないのかい」
「未亡人だつて? そりやア可愛さうだね」
 洪水のやうに湧きかへつて、時々思ひ出したやうに男達は声をひそめる。
 お粒が、唇元に下品な皺を寄せて操と笑ひあつてゐた。――その汚い言葉の矢が、ハツシと直子の胸を射て来る。直子は急に胸の中が熱くなると、ゐたたまらなくなつて、足早やに扉を押してまた、雪の降つてゐる外へ出た。
「直子さん! 一寸待つてツ! 直子さんたらツ」
 せん子が、直子を追つて外へ出ると、一時ワアツと笑ひ声が湧きあがつたが、すぐ花火のやうに消えてしまつて、森となつた。さすがに、森となると、何か妙にキマリの悪い思ひがして、操は子供つぽい冗談をいつては座を濁してゐた。

「随分、あのお粒つて女、意地が悪いのねえ、たまンないわ、あンなの‥‥どんなところにも悪型つてゐるものなのね。――ひとつには、あの牧さんをお直さんに取られたつて気持ちなンでせうが、根がゲスなやりくちだから――駄目なこと判りきつてツぢやないの」
 百合子もサトミも、思はずお粒の方を振り返つた。
「あゝ‥‥たまンないわね、皆、同じやうな女がそろつてゐて、意張つたり、意張られたり‥‥」
「牧つてひと、何するひとなの?」
「あら、T大学の先生よウ」
「随分すつきりした人ねえ」
「お粒さん張りしたつて駄目よウ」
 百合子の薬指には、また何時の間にかあのオパルの指輪がはまつてゐた。頬や髪をいらふたびに、オパルの石が、淡くキラキラと光つてゐる。
 泣くだけ泣いてしまつたあとのやうに、戸外はそおッと雪がつもつてゐるきりで、空は晴れてゐた。たゞ舗道の上だけは雪が掃いてあるので、ひどく歩きよかつた。せん子は直子に寄りそつて、何時までも悲しみのをさまらない気持を、お互に感じあつてゐる。
「随分、人を馬鹿にしてるぢやないのツ、貴女がおとなしいからよウ、あンな時、何か云つてやるといゝンだのに‥‥」
 直子は怒りと悲しみに体がガタ/\震へてゐた。
「私、今晩キリで止めようと思つてゐたところなンですの‥‥
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