いゝサトミが、同じく椅子に身を寄せて、ものうげに百合子の子供のやうな手を見てゐる。
「一寸、ビックリしたつて字はどう書いたらいゝの?」
 とんきやうもない大きな声で、今まで部屋の隅で手紙か何かを書いてゐた操が、百合子達の方に向つて声をかける。すると袂で顔をおほうて雀の唄をうたつてゐたお粒が、偶と立ち上つて、部屋の中を見まはした。
「ねえ、ビックリつて字知つてるウ?」
「ビックリつて、キツキヤウと書くンでせう。随分変な字きくのねえ?」
 サトミが、小さい伝標に吃驚と書いて持つて行つてやつた。――部屋の中は、温いには温かつたが、妙に白けきつて、女達は、たゞ心の向くまゝに影のやうにふはふはと動いてゐた。その影のやうな女達は、このやうな静けさをめつたに持つた事がないので、かへつて誰でもいい早くはひつてくれた方が助かると云つた風な、そんな気持ちで、各々所在なげである。――その所在なげなところへ、会社員風な男達が三人、扉を押して、雪まぶれになつてはひつて来た。部屋の内部が急に活気づいて、女達は助はれたやうに、男の傍へ泳いでいつた。
「随分不景気なンだね‥‥」
「冗談いつちやアいけませんわ、これからよウ」
 操が手紙をほうりつぱなしで、三人の男達のオーヴァをぬがせた。お粒は男の中の一人と見知り越しなのか、急にハスッパになつて、その男の肩に凭れ、何か耳打ちをしてゐる。
「オイ、一人だけもてるンぢや帰つてしまふぞオ」
 男達は熱いタオルで顔を拭きながら、怒鳴つた。
「冗談いつちやアいけないわ、この間、中村さんに麻雀負けちやつたから、その負けたンで飲まれちやたまンないからさ、御ユウヨを願つてたところなのよオ、馬鹿々々しい。チェツだ」
「ホヽウ、それは耳よりな話だねえ、オイ少し位チヨウクワしてもえゝぞ、えゝぞ」
 女達はキャツキャツと笑つた。
 レコード、「ワン、キッス」のジャズがまはつてゐる。やうやく部屋の中が少しあかるくなつて来た――温く、あかるくはなつて来たが、さき程の、誰か早く這入つて来てくれゝばいゝといつた気持ちも、かうして三人の男達が這入つて来れば来たで、泳いで集つたのは一寸の間であつた。また、糸が切れたやうに、操やお粒をのぞいての女達は、バラツと四隅の椅子へ散つてしまふ。

「それで指輪返へしちやふの?」
「勿論よ、こンなものさへやれば、魂まで自由になるつて思つてる男が憎ら
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